■悲嘆カウンセリング
【喪失と悲嘆】
愛する人を亡くしたとき、その人にしか解らない激しい感情の波が押し寄せてきます。心理的な距離の近い人であればあるほど、その人を喪失したことによって、心に突如襲い迫る感情は、
今までに経験したどんな悲しみとも似つかない、深い深い【悲しみ】なのです。
交通事故・癌・突然死・自死・災害による死・犯罪による死・病死など、
喪失を体験した要因は、各々です。どんな喪失においても、その人にとっては
人生において一大事であり、喪失について重い/軽いなど、誰にも述べられるものではありません。
けれども、喪失の体験者にとっては、
『どうして、わたしだけが、こんなひどい目にあわねばならないのだろう?』
『私以上に、苦しい別れを経験した人は他にないのではないか!?』
『毎日、毎日、涙がとめどなく流れ落ちる。こんなに悲しい私は異常なのではなかろうか?』
と、一人で、その現実に向き合うことになります。
なぜなら、亡くなった方との人間関係は、固有のものであり、遺された人のみにしかわからない、
唯一無二の関係性から生まれたものだからです。
これは真実であり、だれにも変えられるものではありません。とても貴重な関係なのです。
また、一方、あんなに大事な人がいない。なのに、悲しいという感情が生まれてこない。涙がこぼれない。
『私は、おかしくなってしまったのではないか?』
『あの人は、長期海外旅行に出かけただけ。すぐに戻ってくるはずだ。』
こんな状態もあります。専門的には「遅滞した悲嘆」と呼ぶものです。
喪失を認められず、【悲しみ】が追いつかない状態です。
いまの、貴方はどうですか?
悲しみは、社会的には疎まれる傾向にあることから、なかなか口にすることができず、
心に隠し込んでしまいます。しかし、【悲しみ】こそ、正常な感情です。大事な感情です。
【悲しみ】をあらわし、訴える事は決して、恥ずかしいことではないのです。
【悲嘆カウンセリング(グリーフ・ケア)】
愛する対象を失い、そのことにより生じる感情の大波に呑み込まれて、右往左往する。けれども、今日という一日は、何事もなかったかのように、昨日と同じように流れていく。
そして、日常は繰り返して、明日もやってくる。そこにあるのは、たとえようもないやりきれなさ。
人は、社会的役割をもって生きています。また、担っています。
例えば、会社では社長・部長という役職であったり、家庭においては、夫・妻・子供という立場で
あったり、さらには、友人・恋人・先生・生徒などの関係であったりと。
このように、社会的立場から逃れることができないため、
自分が抱えてしまった悲しみを露骨に表明することに戸惑いを感じ、自分の中に溜めて、隠し込んでしまう。
そんなことは、日本の文化的背景を考えてみても、一般的かもしれません。
そのほうが良いに違いない、と一種の美学として捉えられていることさえ、あります。
【あの人は、大事な人なんだ。けれどもきっと母親の方が悲しいに違いない。私は母親ではないから、立場上、泣くことや悲しいと叫ぶことを控えなければ・・・】
逆に、自分の悲しみを関係者(家族・友人など)に、勇気を出して話してみたのに、
全く意見が違って、相手の悲しみが如何に大きいものか、聞くはめになってしまった。
余計にストレスを感じたので、悲しみは、一人で抱えるにこしたことはない。
そんな経験もあるかもしれません。
自分の立場を考える上、その悲しみを抱えて、行く先がみつからない感じはありませんか?
自分は、ここまで悲しいなんて、おかしいから、我慢するしかないのではないか?
あなたが抱えた悲しみは、だれのものでもない、大事な大事な感情です。
本来、誰に憚ることもないのです。「私は今、とても悲しい」、それでいいのだと思います。
それに加えて、ふつふつと湧き上がる「怒り」にも、薄々気がついていますよね。
「なぜ、私がこんな目にあうのか」という怒りの感情です。
「It's me 〜慈(いつみ)」では、悲しみと向き合う大事な空間を守っていきたい
と考えています。
その喪失の体験を声に出してみること、涙を流すこと、怒ること、きちんと悲しむこと、
それらが人間にとって大事な営みだと思うからです。
一度、自分の胸の中から、思いっきり外へ出してみてください。
「どうやって出すの?」「どうやったら、出せるの?」と、思われるかもしれません。
うまくできなくてもいいのです。最初は、出てこない場合もあるかもしれません。
また、出しても出しても、きっと停まることなく湧き上がるだろうと、思われるかもしれません。
どちらにせよ、自分がその想いに時間を割いて、意識的に取り上げていることには変わりありません。
それらはすべて、しんどい作業ですよね。
考えてみただけでも、頭痛がするような、眩暈(めまい)に似た感覚をもったことが、私にはありました。
けれども、どこかに行って、思いのたけをぶちまけてみたかったのも事実です。
人間の感情は、それがプラスの感情であっても、マイナスのものであっても、
どちらも人間として不可欠なものです。
感情の動物。それが、人間だと思います。
まずは、吐き出すこと、身体から噴出させること。最初の一歩を踏み出して欲しいと願っています。
それに寄り添えたら・・・と。

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